能の為の作品委嘱で作曲された作品

能力は変換の精神を実行します。それは言語の漂白で死ぬ人々のキャラクタの技術の文化に噛み付きます。
この文章は詩人の松井茂氏が書いたこの作品についての解説のようなものだ。ちなみにこれは僕が彼に与えた検索ワードを、検索エンジンで検索し、検索されたwebサイトの文章を翻訳、さらにそれを翻訳、さらに………と翻訳を翻訳文が変わらなくなるまで繰り返された文章(翻訳文をさらに翻訳しても元の文章には戻らない)がもとになっている。作品で使われているテキストも同様の手法で書かれている。僕にはこの文章がこの作品についてなんとなく的を得て語っているように思えるので、解説もこれで十分な気がするが、まだ文字数はあると思うので、自分でも何か語ってみよう。
この作品はバスクラリネットと能管という、文化的背景の全く異なる二つの楽器によって演奏される。音を選ぶ手段としては、2進法の数列を楽器の運指にみたて、運指の構成のみで作品全体を構成した。これは近年僕が様々な形で吹奏楽器に対して試している作曲であり、ビット運指法と呼んでいる。
プロフィールにもあるように、僕はブラジル人と日本人のいわゆるハーフだ。そして、家庭はクリスチャンではあるが教会に通うのはもはや冠婚葬祭のみだ。生まれた場所は東京で、育ったのは埼玉県春日部市の国道沿いにあるマンションで、畳の部屋は無い。東京で働いている父親がいる家庭で、東京の地価が上がっている為にドーナツ化現象で郊外の町に住んでいるタイプの世代だ。この様に伝統的文化背景が希薄な状況にいる僕と似た様な状況を、この作品ではクラリネットと能管に強いている。
能は亡霊の芸術であるということを聞いたことがある。翻訳され翻訳され翻訳され翻訳され、もはやまともな日本語の体を成していないテキスト。 ビット運指により、その身にまとっている伝統的文化背景を剥がされた楽器。僕はこれらのアンサンブルによってこの作品から立ち現れてくる亡霊を常に想像し意識しながら作曲した。